序(松崎求已)

入間の地、古来武州の要枢、古蹟の伝ふべきもの頗る多し。 幸にして新編武蔵風土記のあるあり、以て其の一般を知ることを得たり。 然れども本書の浩瀚なる容易に求め難く、且つ星移り物換り当時の塁址は隴畝と化し、口碑も亦伝を失ひ、たまヽ踏査を企つるもの、往々にして茫然自失を免れず。 況んや史学の進歩が、旧時と其の見解を異にするものあるに於てをや。

著者安部氏は入間郡川越の人なり。 曽て東都に学び業成りて家に帰り、専ら公共の事に尽瘁し、傍ら心を史に潜め惓まず怠らず。 時に竹の杖を曳いて郡内史蹟を踏査し足迹至らざるなし。 予て風土記の後を承け、其の変遷を詳にし之を正さんの志あり。 予其の勵且つ精なるを欽す。

会々今秋大演習の挙あり。 聖上臨御親しく之を統べ給ひ、入間の原野之が中心となる。 是に於てか郡衙之を機として郡志を編せんと欲す。 氏選まれて之を助く。 而して氏は又別に見る所あり、独特の史眼に照して一書を公にし、郷土の事蹟を闡明すると与に、後進をして愛土の念を喚起せしめんと欲 す。 予大に之を賛す。 今や稿既に成り将に梓に上さんとするに臨み、来りて予に序せんことを求む。 予職を中学に奉じ史を講ずる茲に年あり。 時々氏と論談して夜の更くるを覚えざるもの、誼何ぞ辞すべけん。 乃も編著の来由を叙して其の序に代ふ。

大正元年十月二十三日

文学士 松崎求已