第三説(末無川説)

名所考に曰く、水野村と云ふ所に郷染(けずみ)水野忠助と云ふもの居屋敷に小川あり。 藪の中に流れ入り地中に染み込で流の末無し。 余偶々忠助の家に至り見るに小川あり。 源はこれも宮寺郷の辺より起り、流るゝと二里許なり。 今は藪はなくて、川の末堀切てあらはに見ゆ。 その五間ばかり上、鍵の手に折れたる辺まては潺湲たる流なれど、堀切の処に至れば、水止で其行衞を知らず。 其源を問へば、僅に三尺余ばかりなりと云ふ。 水野村元新田地にして人家もなかりしを忠助が先祖はじめて開きしとなん、と。