西勝院付近にして、土手東西五十八間、南北一町二十六間、高き処は一丈二尺、堀深き処は一丈ありと云ふ。加納下野守の築きし処にして、其初は宮寺家平の居住したる処なりと云ふ。加納氏は元弘、正平の間、常に新田氏の下にありて戦功ありしと云ふ。