小畔川及妖怪説話

小畔川は古、名細村平塚新田より西に向ふ事数町、屈曲して北に流れ越辺川に近づきて又東流し、入間川のカンスと称する処に落ちたり。 深淵長潭甚だ多くして、付近に池沼あり。 村民之を不便とするや久し、弘化四年松平大和守、奉行安井与左衛門に命じ、新に川を越辺川に落さしむ。

工成て土地開け、水利通じ、妖怪奇異の説も四散霧消せり。 先是、小畔川に関する怪話甚だ多かりき。 或は言ふ狐狸蛇龍棲息せりと。 大蛇は名を小次郎と称し、下小坂鎌取橋の辺に美人となりて屡々出でしと、或は言ふ、医師友隣なるもの此川に死せりと。 其顛末詳細也。 或は言ふ洪水の前必ず河鳴ありと。 或は言ふ龍燈なるもの此辺にあらはれ、秋期に多く、増水せる時殊に然り、流に沿ひて或は高く。 或は近く或は遠く、小なるものは螢火の如く、大なるものは徑二三尺にも及びなん。 其色茶白にして、鱗光の如く、忽にして滅す。 と。 今は絶えて此事なしと雖、八十二才の古老確に之を実見せるあり。 思ふに武蔵野話が記せる砂村の怪火も之と同じきが如く。 福島県平町付近には今も龍燈の奇異存するあり。 自然界の作用、必ずや此事ありしならん。