村民の信仰には講社あり。 講社に観音講、不動講等あり、毎月二三回信徒相会し、読経数回の後、先達に功徳をきゝ、牡丹餅、小豆粥、砂糖等を食ふ。 会場は輪番にて、信徒交々宿主となると云ふ。 又弁天講なるものあり。 或は一般にはオヒラ講等と称せられ、隔月一回、信徒一同白米一升宛を持ち寄せ、当番宿に会して、大食会を為し、其滑稽なるものに至ては、此講を廃する時は、穀物の結実悪しくして、悪疫流行すべしとの伝説をさへ存するあり。 而して各自の膳に供へられたる飯盛に至ては、高三四寸の柱状に盛り上げたるものにして、室内にて食し終る可く、室外に持出すを禁じたりと云ふ。 此講も近年漸く減じ、全く行はれざる処あり、一年二回となれる処あり。 又此講養蚕地にありては、養蚕の繁昌を祝福する為と称す。
村民が信仰する諸社には、遠くは下総成田、相模大山、上州榛名、富士、木曾御嶽、太田呑龍より、近くは府下御嶽、秩父三峯及子山、平方八技社、松山箭弓、其他様々あり。 郡内に存するものにありては、川越不動、黒須根本山、豊岡窪稲荷、小谷田稲荷、富(トメ)地蔵、池辺稲荷、大塚稲荷等枚挙に暇あらざる也。 寺院は衰え、基教は未だし。
迷信には古谷村小学校調査に興味あるものあり。 其中寧ろ迷信に託して教誡の目的を存するもあり。 無意昧の諺もあり。 其主なるものを右に掲げん。
爪を夜切れば親の死目に会はぬ。
朝蜘蛛が来れば人が来る。
敷居を踏むは悪し。
爪を火中に入るべからず。
朝美人が来れば沢山人が来る。
夜口笛を吹くと蛇が来る。
襟が内になると銭が沢山入る。
寒中油をこぼしたら水を浴る。 (大にたゝるから)
狢の話をすると狢が後に来る。
盆に水を浴るべからず。
恵此寿講に沢山食はすと一年ひだるい思をする。
鼬が前を過ると良いことが無い。
人に足を踏まれると母親が死す。
墓場でころんだら石をなめねばならん(土をなめよと云う処あり)
墓場にふんごむと長命が出来ない。 寢て食ふと牛になる。
鼠の食ひかけを食ふと鼠の様な歯が生える。
借金がなしきつたら茄の木を燃す。
鷄の夜鳴は悪い。
猫が顔を洗ふと雨が降る。
湯に幾度も這入ると鼠に小便をしかけられる。
晴天の日に雨が降ると「かあたんぼう」が嫁に行く(狐の嫁入と云ふ処多し)
炉中で青物を燃すと地獄で鬼にいぢめられる。
星を数へ初めたら皆数ヘてしまはなければ早死をする。
星を数へると死んでから粟粒を数へさせられる。
盆に蜻蛉を取ると盆を背負ふ。
仏にあげた物を食ふと物覚が悪くなる。
赤飯に汁をかけて食ふと嫁に行く時雨が降る。
死んだ人の所に寢ると度胸がよくなる。
燕が巣を大神宮様の真直前に作ると財産が増す。
昧噌たきの豆は三里先へ行ても食ふもの。
桑の杖をつくと母親の眼がつぶれる。
火事に遇ふと燃えほこつて財産家になる。
ハクシヨをすると人が噂をする。
街道に柊があると鬼が来ない。
松を街道に植えると財産家にならない。
大きい耳は福耳。
目の下のほころは泣ほころ。
女が砥石を跨ぐと欠ける。
夢を見たら人に語るな。
火事の夢を見たら大黒柱に水をかける(又壁に水をかけよ)
味噌漉をかぶると頭にえぼが出来る。
蚯蚓に小便をすると生殖器がふくれる。
足袋をはいて寝ると親の死目に遇はれぬ。
早寝すると眼がくさる。
箒を倒に立てると客が早く帰る又人が来ない。
雨降の夜上りは長持がない。
午の日は長雨の時でも晴天になる。
きのえねに降ると六十日降る。
猫が死んだ人の上を飛ぶと死人が生き返る。
写真をとると命が減る。
仏の夢を見たら仏に荼をあげる。 魚をとつた夢は悪い事の前兆だ。
櫛を拾ふにはふんでから取る、そうしないと櫛の歯ほどの苦をする。
隠れ坊をするとかくねざたふに連れて行かれる。
遅くまで遊て居ると天狗様にさらはれる。
悪口を云ふと烏に灸をすえられる。
嘘を云ふと閻魔に舌を抜かれる。
普通教育は今や殆ど普及せり。 全郡の就学児童数百分九十七八を下らざるべし。 百分百に達せる町村少からざる也。 校舎も大抵整頓せるが如し。 中等程度の学校には中学校、染繊学校、高等女学校あり。 何れも県立也。
言語には多少の変化あり。 今其珍なるものを雑載す。 興味を割くを恐れ、必ずしも一定の方式に従はず。
| 行かうではないか | いんべい |
| 多く 甚だ 大変 | いら |
| 行きなさい | いかつせー やべ |
| うれしい | うるしい |
| 乗る | えつかる ちつける |
| 乗せる 戴く | えつける |
| 烟突 | えんたつ |
| 稲 芋 指 | えね えも えび折る おつびしよる |
| 弟 | おんぢー |
| 兄 | せな |
| 磁石 | ぎしやく |
| 下さい | くんろい くんな |
| 愚人 | ぐでなし |
| 美しい | けなりー |
| 小刀 | こんたな こごたな |
| 小言云はれる | こんたれる |
| 云ふ(悪口の時) | こく |
| する(悪口の時) | こぢく |
| ふところ | しところ |
| 底 | しつた しつたつこー |
| 偽言 | そらりべー |
| アッチを向け | そつひよー向け |
| 霜柱 | たつべ |
| 手拭 | てねげ |
| 人形 | でくのぼー ねんねこ |
| 天狗 | てんご |
| 我儘 | てーヘーらく |
| 愚鈍 | ぬるま |
| 暖い | ぬくとい のへとい |
| 煮へる | ねーる |
| ふざける | はがむ |
| 斜 | はすつぱ はすつかけ |
| 小指 | ひこえび |
| 紐 | ひぼつこ へぼつこ |
| 傾く | ふつくるかへる |
| 夫でも | ふんだつて |
| 紐 | へぼ |
| 東 | へがし |
| 髭 | へげ |
| 若や | ぼつと |
| 眉毛 | まみや |
| まばゆい | まぢつぼい |
| 腕きり | 一ぱい みみつちー |
| 火傷 | やけつばた |
| 男子 | やろつこ |
| 女子 | あまつこ |
| 宜からう | よかんべい |
| 仲間にして下さい | せいさい |
| さうです | さうてがす げす |
| 不正(ズルイ) | ごまい |
| 馳走 | ごつつよう |
| 塩い辛し | しよつぱい |
| 火 | おき |
| 馬鹿 | だぶ |
| 軒下 | だれ |
| 街道 | けえどふ 往還 |
| 小街道 | 砂利道 |
| 内蔵 | じんばら |
| 稍もすると | きんよりすると |
| 万が一にも | あぢようにも |
| 太陽 | てんとうさま |
| 昼飯 | へるみし |
| 燕 | つばくら |
| 螳螂 | おまんばかはか |
| 母 | おつかあ |
| 姉 | ねえ |
| 祖母 | おばー |
| 祖父 | おぢー |
| 父 | ちやん おつとー |
| 私 | おれ(女子も云うことあり) |
| 汝 | おめえ てめえ |
| 彼 | やつ |
| 大きい | でつかい |
| 時々 | とろつぴよー |
| 最早 | はあ |
| といふ | ちう |
| 榛木の蟲 | はんげん太郎 しなん太郎 |
| 意地悪 | いにく |
| 蝸牛蟲 | つのんだいしろ |
| 帽子 | ちやつぷ |
| 戯言 | だら |
| 人力 | りんりき |
| お仕舞 | おぢやん |
| 馬鹿にする | おひやら |
| うんどん | めん |
| 稀に | てんぬき |
| 真に | せうじん |
| …れば | …ろば |
然れども以上は方言の甚だ奇なるものゝみに属し、今日交通開け、教育普く行はるゝに及では、其流行の範囲漸く縮少しつつあり。 市街地の如き、市街地に近き農村の如き、或は偏避なる山村と雖、中流以上の人々の如きは何れも言語、東京と差違あらず。 北足立、商埼玉諸郡の村落に見るが如き一種特別なる語調も、荒川を境として、郡内には全く存せず。