沿革

植木村は元比企郡に属し、老袋、本宿、鹿飼、川口、戸崎の七村一郷となり、公務は七村合併にて取扱へるものゝ如し。 所謂川島領にして、植木の里と称す、寛永十六年以来川越城主松平信綱に属し、元禄七年に及て支配地となる。 明治に入りては元年知県事に属し、二年品川県となり、次で韮山県に転じ、四年十一月入間県、(一大区六小区)六年熊谷県、九年埼玉県となり、十二年比企横見郡役所に属し、十七年出丸連合戸長役場に合す。 先是明治初年七村り中より川口、戸崎二村を除て他に合し五村となしゝが、二十三年七月之を以て植木村を編制し、二十九年四月入間県に編入せり。 蓋し地勢上、交通上の便に基き、村民多年の希望成就したる也。 但洪水の害は頗る此村の発達を妨げ、二十年来戸数殆ど増加せずと云ふ。