字上ヶ谷戸にあり。 倉稲魂命を祭る。 古老の伝によれば、中筑後守の家臣此地方に住し、当社は其氏神なりしと云ふ。 之を以て社傍の地、今も尚家中畠の古称を遺せりと。 所謂一本杉に至ては、古木既に中空にして、梧桐其中に生ひ茂りたり。