四日市場

四日市場森戸の西に接し、古四の日に市を開きし故四日市場の名ありと云ふ。鎌倉街道は其東方を走れり。人家は現今東西に並び、江戸時代には越生毛呂地方より川越又は新河岸地方に赴く街道に当りしものゝ如し。小字に曽て玄蕃分及鳥居戸ありき。前者は久米玄蕃の居りし処にや。久米氏後北条に属す。役帳に見之たり。後者は森戸国渭地祗社(旧熊野)の鳥居ありし処なりと云ふ。小鹿野氏は甲斐国より来れる村の旧家なりと云ふ。支流甚だ多し。

諏訪神社

諏訪台にあり。大永四年小鹿野氏創立す。明治四十年稲荷天神八坂諸社を合す。

観音寺

月芳にあり。聖天院に属す。元禄年代の再興にて、寺の起原は小鹿野氏の祖が観音堂を建立せしに始まると云ふ。