人類の社会には必ず多小の分業と階級とを附随せり。 蓋し分業は人類生存上の一大要件にして、階級は人智人力の全く不均せざる限り人類社会に必須の事実なりとす。 而して分業と階級との発現するや、市街と農村と甚だ趣を異にするものあり。
市街地は進取を以て生命とす。 故に分業の発達著しくして、而も其社会的変動の勢力は、比較的階級の成立を混乱紛糾の状に終らしむ。 農村は之に反し、保守を以て其特色となすが故に、分業に於て甚だ乏しく、階級に於て比較的稍固定せるものの如し。 然れども今の農村に於ける階級なるものを以て、之を幕府の頃に比し、更に之を外国の地に存する極端なる階級制度の例に比するは、事頗る妥当ならざるを覚ゆる也。
農村の階級として其上位にあるは大地主、小地主より中農等なるべく それより下、中農の下あり、小作人の上あり、下あり、日傭稼人之に次ぎ、往々にして日傭稼にして尚未だ足らざるものを見る。 蓋し上には上あり、下には下あり。 市街に於ても、亦自から、中下諸流の取扱を異にするを見る。
既に職業あり、身分あり。 周囲の人々との社交も起る。 面して風俗始まり、習慣生ず。 風俗も習慣も、大抵生業に依て左右せられ、年処を経て而して其固定の力漸く加る。
衣服は農村市街共に綿服を主とす。 然も村人は簡単にして、色彩の明なるものを好み、市民は地味にして、色彩の複雑なるを好む。 村人は又農事の必要、筒袖、袢天を用ゆること多し。
飲食は米麦を主とし、副食物には野菜あり、魚肉之に次ぎ、牛豚鶏肉の如きは一部に限られたるが如し。 酒を嗜むもの多し。 甘藷馬鈴薯及里芋等を一定の間食に充つる処多し。
家屋は市街地は瓦葺にして多く二階建、室内の間取等、適宜に従へりと雖、農村は大抵草葺にして一定の間取を存し、家は多く南而して、前庭を干場とし、家の右方は客間乃至居間にして、左方は入口を兼ねて、土間也。 厨房此処にあり。 而して家の傍に或は土蔵あり、納屋あり。 家の後は殆ど竹林乃至雑木林なるを常とせり。 此形式は大体に遵奉せられて、唯土地の事情材料の多寡に従ふ変化あるのみ、即ち西部山間の地には杉皮葺二階建多く、階上は即ち蚕室たり。 南部諸村に至れば納屋特に大なるものあり。 川角村付近には土間に厩を段けたるもの少からす。
冠婚葬祭の如きに至ては、各地小異ありと雖、大同也。 特に説述するまでもなかる可く、婚姻には故意に様々の妨害をなすが如き処もあり。 近年規約を設けて、或は全村の住民を招待する風を廃せんとし、或は飲食を強要するを以て礼とするの風を矯めんとし、或は婚葬共に新なる組合を設くる等、頗る興風隆俗に力を尽したる処もあり、
蓋し社会の風習は作りたるにあらずして、生じたるなり。 若し夫れ此意を体して永く矯正の事に従はんか、後世を裨益すること少小にあらじ。
活動するものは静止せざるベからず。 労働するものは休養を要す。 市街も農村意も休日の制度あり。 然も市費の休日たる、商家は一年一二回の外大抵之を行はず。 唯工人のみ一日十五日を休むを見る。 然るに農村に至ては、大に休日制度の行はるゝを見る。 五節句三大節、鎮守祭礼、正月、盂蘭盆等は勿論、或は農作に適する降雨ありし時の如き、農繁時激労して身体疲れたる時の如き、七月二十四五日農馬の爪取の日の如き、厄日の前日の如き、業を休て、保養し遊山す
其他休日甚だ多し。 或は近時全村休日制度を規定したるもあり。 大井村の如き是也。
労働上の習慣としては男子は満十七歳以下成人と見做さゞる処普通にして、何れも毎年八十八夜の頃より早起晩退となり、唐臼挽、縄なひ等は之を夜業とす。 或は隣保相扶助して之を行ふ処あり。 殊に瘠土の農民は頗る力むと云ふ。 女子は多く家居して、賃機に従事する多し。 傭人は三月節句後に雇入れ、一年を期として翌年三月之を解雇す。 作男の労働日数は一ヶ年大凡三百四十五日と定め、休日制に従ふものは比限にあらず。 山林の地方には之に応じて斟酌あり。 例へば山始、山仕舞の祝の如し。
又地方によりて特別なる習慣あり、植木村にては一月一日席次改あり、柳瀬村地方にては竹箆と接骨木心とを以て五穀の穗を作り神棚に備へて祭る、十五日には松飾等を集めて之をドンド焼に附する処もあり。 其他尚甚多し。
村人の娯楽としては神楽、囃等あり。 祭礼の獅子舞、盆踊、講社の如きは半娯楽にして、半宗教的意義を含めりとすベく、和歌俳諧を弄び、稀に読書、生花の催あるが如きは娯楽にして教化を兼ねたりと云ふベし。 近時青年会の事業の如きも一は自治体幇助にして、而して青年の好娯楽なり。