下畑字渡戸曽根にあり。誉田別尊、大国主命、素盞鳴尊を祭る。誉田別は即元の八幡社にして金蓮寺内鎮坐、里伝に昔上畑村民宮倉氏の祖鎌倉八幡を勧請せりと。大国主は元金毘羅大権現と云ひ、素盞鳴は元牛頭天王と云ひ共に心王院境内鎮坐也。維新の時八幡宮を八幡大神と改金毘羅大権現及牛頭天王を琴平大神八坂社と改現地に遷し先には八坂を村社とし自余の二社を合殿とせり。然るに八幡は本村にて旧社たる故明治十七年六月八幡及琴平八坂両社を合殿し地名により下畑社と改め村社とす。四十年入沢なる無格秋葉社、上畑字秋葉山の村社秋葉社及愛宕社、上畑字中畑の無格神明社、字中峯の無格稲荷社字御側稲荷、以上の六を合祀す。而して四十年十二月下畑社を改めて畑神社となす。